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コラム
紙の歴史② ヨーロッパでの発展
【紙の歴史① 紙の発明と広がり】では中国での紙の発明と、日本・イスラーム世界への伝播をご紹介しました。
豊富な水資源と森林を生かして植物由来の紙を製造した日本と、人口の多さを生かしてボロ布を原料としたイスラーム諸国。
それぞれの風土にあった紙の技術が発展しました。
今回の舞台となるのはヨーロッパ。
紙の技術が伝わったのは日本やイスラーム諸国よりも後ですが、あることがきっかけで紙の生産量と製紙技術が大きく発展します。 ヨーロッパでは製紙技術はどのように広がったのでしょうか。
ヨーロッパへの伝播
中国からシルクロードを経てイスラーム世界に伝わった製紙技術は、そこからヨーロッパ世界に伝わります。
ヨーロッパで最初に製紙工場が作られたのは1144年、スペインでのことでした。
当時のスペインはイスラーム王朝の支配下にあったため、彼らの保有技術が伝わったのです。
13世紀にはいると、エジプト経由でイタリアに製紙技術が伝わり、製紙工場が出来ます。このイタリアにできた工場から、ヨーロッパ全土に紙の文化が伝わることになります。
ヨーロッパでの本の文化
ヨーロッパでは紙が伝わる以前から羊皮紙が使われていました。
その経緯もあって、紙が伝わったころのヨーロッパでは紙は「破れやすい、薄い、信用ならない」として、正式文書や公文書にはなかなか使われなかったようです。
さて、当時の「本」の作られ方ですが、印刷技術がないので文字部分はすべて手書きでした。
当時もっとも製造されていた本は、もちろん聖書。
修道院の修道士たちが、羊皮紙に手書きで聖書の内容を書き写していました。
羊皮紙の製造自体が手間暇のかかるものなので、手書きの聖書は恐ろしく時間がかかる上に高価。
木版で挿絵や装飾を施した羊皮紙の聖書はもはや芸術品のように扱われました。
平民に本がいきわたるはずもありませんが……
当時のヨーロッパは識字率が低く、王侯貴族でも文字が読めない場合もありました。
なので、このような時間のかかる方法でも需要と供給が成り立っていたのです。
活版印刷の発明
そのような状況を一変させるイノベーションが1445年に現れます。
グーテンベルクの活版印刷です。
1445年にグーテンベルクによって印刷された西洋初の印刷聖書である42行聖書は、全210部のうち180部が紙、30部が羊皮紙に印刷されていたそうです。
この発明により学問が盛んになり、印刷物の需要が高まりました。
高価で手間のかかる羊皮紙では需要に耐え切れず、紙の使用量が増加したのです。
製紙技術の発展
ここで紙の作り方を振り返ります。
ヨーロッパではとくに紙料づくりと紙漉(す)きに大きな発展がありました。
紙料作り
ヨーロッパでは紙料は古着などから集めたボロ布を使っていました。ボロ布を発酵させ、砕いて水に溶かし、ドロドロにしていました。
ボロ布は街中からかき集めていたらしいのですが……当時の着古したボロ布はめちゃくちゃ臭いうえに発酵させたので、『製紙工場を街中につくるな!』という住民運動もあったそうです。
ボロ布を粉砕するには打解機(スタンパー)という機械が使われていました。水車の力を利用して、杵で布を叩きます。
1670年にオランダでホレンダービーターという画期的な繊維処理機が発明されます。これはスタンパーの4倍ものスピードで、スタンパーよりも高品質な紙料を作る事ができます。この発明によって、製紙が産業として発展したともいわれています。
製紙が産業として発展すると、原材料不足が問題となりました。人々の生活からでるボロ布だけでは、紙の需要を支えきれません。
そんななか、1719年にフランスの科学者がある発見をします。
スズメバチが強靭なアゴで木材を粉砕し、巣を作っているのを見て、木材から紙ができないかと考えたのです。
この発見が形になったのは1844年。ドイツで、木材をすりおろす機械が開発されます。
これによって作られたのが砕木(さいぼく)パルプ。
蔡倫が樹皮を原料に紙を作ってから17世紀を経て、ヨーロッパで植物を原料とする製紙技術が確立しました。
そう、パルプができるきっかけは現代でいうところのバイオミメティクス(生物模倣)だったのです。
また、このころになるとサイジングも表面に膠(にかわ)などを塗る工法から、材料に滲み止め剤を添加する方式に変わっています。
紙漉き
中国で紙が生まれてから19世紀の初めまで、紙は1枚ずつ職人が手漉きをしていました。
そのため、紙のサイズは職人が手漉きできるだけの大きさが限界でした。
1798年に発明された紙漉き機はそのような状況を一変させます。
この機械は紙漉きとプレスが同時にできるうえ、紙を漉く長さをいくらでも長くできるのです。
こちらは最初期の紙漉き機の復元品。イギリスの製紙工場に保管されています。
機械中心部の桶に紙料がはいっており、その上に細かいメッシュがローラー状に渡してあります。
画像左下のハンドルを回すと、右側の機械部分が桶の中の紙料を掬い上げ、メッシュが右から左へとキャタピラのように回転する仕組みになっています。
- 桶の中の紙料が機械部分によって掬われて、メッシュの上に載せられる
- メッシュは左へと進み、左側部分でプレスされる
- プレスされた紙料は手動で機械から外され、乾燥のために吊るされる
この3工程を絶え間なく繰り返すことで、切れ目のない長い紙を作ることができます。
最初期の紙漉き機は手動式で、出来上がった紙も乾燥の為に人力で運ぶ必要がありました。
その後改良が加えられ、1つの機械で乾燥まで行ったうえで紙をロール状に巻き取ることができるようになります。
この発明がどのくらいすごいことかというと、これまでティッシュペーパーしか作れなかったのに、急にトイレットペーパー並みの長さの紙がつくれるようになったようなものです。
『製紙工場』で検索するとだいたい出てくる大きい紙ロールは、この紙漉き機の発明によって実現できました。
木材パルプと紙漉き機の発明によって、製紙技術は現在の形に近くなります。
活版印刷技術の発明によって、ヨーロッパでは製紙技術も大きく発展しました。
この技術は文明開化とともに日本にもやってきてさらなる発展を遂げます。
次回は現在ヤマックス株式会社が使っている特殊な紙をご紹介します!
参考文献
マーク カーランスキー, 『紙の世界史』, 徳間書店, 2016
ピエール‐マルク=ドゥ ビアシ, 『紙の歴史』, 創元社, 2006
ローター ミュラー, 『メディアとしての紙の文化史』, 東洋書林, 2013
小宮 英俊, 『紙の文化誌』, 丸善, 1992
画像出典
図1 国立国会図書館, “インキュナブラとは何か”, インキュナブラ 西洋印刷術の黎明, 2022/9/29, https://www.ndl.go.jp/incunabula/chapter1/index.html
図2 国立国会図書館, “コラム 印刷術について”, インキュナブラ 西洋印刷術の黎明, 2022/9/29, https://www.ndl.go.jp/incunabula/chapter1/chapter1_01.html
図3 国立国会図書館, “印刷とブック・デザイン”, インキュナブラ 西洋印刷術の黎明, 2022/9/29, https://www.ndl.go.jp/incunabula/chapter3/index.html
図4 Chris55, “File:Fourdrinier machine model.jpg”, Wikimedia Commons, 2022/9/29, https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Fourdrinier_machine_model.jpg